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名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)569号 判決 1983年12月14日

控訴人

中嶋信一訴訟承継人

破産者中嶋信一破産管財人

森茂雄

被控訴人

榊原好則

右訴訟代理人

村越健

太田勇

主文

一  原判決中、主文第一項及び第三、四項を取り消す。

二  被控訴人が破産者中嶋信一に対し、金五一七万二五三六円の破産債権を有することを確認する。

三  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

被控訴人は、当審において訴えを交換的に変更し、本判決主文第二、三項と同旨の判決を求め、控訴人は、請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決二枚目裏五行目に「杉本繁」とあるを「杉本繁信」と訂正し、原判決事実摘示第二の二の次に「三同三の事実は不知。」と加え、第二の三以下は一項ずつ繰り下げる。)。

(被控訴人の訴えの変更及び主張)

一  もと控訴人中嶋信一は、本訴が当審に係属中の昭和五八年三月一日午前一〇時に名古屋地方裁判所において破産宣言を受け、弁護士森茂雄が破産管財人に選任されたところ、被控訴人が同年六月九日の債権調査期日に破産債権として金五四三万六九〇九円を届け出たのに対し、同管財人は右債権の全額につき異議を述べた。

そこで、被控訴人は、右破産管財人をして本訴を受継せしめると共に、本件訴えのうち保証金に関する請求部分を交換的に変更し、被控訴人が破産者中嶋に対し、本件保証金同額の損害金四五〇万円及びこれに対する訴外富士ゴールド株式会社(以下「訴外会社」という。)が倒産した昭和五五年三月四日から右中嶋が破産宣言を受けた前日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金六七万二五三六円の合計金五一七万二五三六円の破産債権を有することの確認を求める。

二  控訴人の後記主張は争う。

(控訴人の主張)

一  被控訴人主張の前記一の事実中、前段は認めるが、後段の被控訴人がその主張の破産債権を有するとの点は争う。

二  中嶋は、昭和五四年八月末日限り訴外会社の取締役(代表取締役を含む。)を辞任しており、商法二六六条の三第一項にいう取締役に当たらない。なお、右取締役辞任の登記手続を履践せずに放置していた責任はすべて訴外会社にあり、中嶋はその責任を問われる筋合いはないから、商法一四条を類推適用される余地もない。

三  仮に、中嶋が形式上は取締役であつたとしても、同人は、訴外会社の代表取締役杉本繁信に対し、昭和五八年八月末日限り会社業務から一切手を引く旨を告げ、同人の了承を得た。従つて、中嶋には、以後右杉本の業務執行を監視する業務はないから、その懈怠もありえない。

四  また中嶋は、金の取引に関し十分な知識がなかつたので、専門知識を有する藤木博毅を雇い入れたが、同人の、顧客に損失を与えることはないし、また会社の利益も十分に上がるという説明は十分納得できるものであり、藤木ら社員の勧誘行為が不当なものであるというようなことは考えられないことであつたから、中嶋には取締役としての任務懈怠もない。

(新たな証拠)<省略>

理由

一原判決理由第一項ないし第三項に判示するところは、左に付加するほか、当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する(但し、原判決九枚目表五行目に「被告らは」とあるを「被告らも」と訂正する。)。

1  控訴人は、中嶋は昭和五四年八月末日限り訴外会社の取締役(代表取締役を含む。)を辞任しているので、商法二六六条の三第一項にいう取締役には当たらないと主張するところ、同条項の取締役には、本来、辞任した取締役が含まれないことはその主張のとおりである。しかしながら、たとえ会社の内部において辞任の意思表示をしても、未だ辞任の登記をしていない場合には、形式的にみても、商法一二条前段により右辞任の事実を善意の第三者に対抗できないのみならず、会社において従前の取締役登記、即ちもはや不実化した登記を是正しないことにつき、右辞任者が故意又は過失をもつて漫然これを放置しているような場合には、商法一四条の類推適用により、実質的にも右辞任の事実を善意の第三者に対抗できないものというべく、これに、前記二六六条の三が専ら第三者の保護を目的とする制度であることを併せ考えると、右の如き辞任取締役は、会社に対する関係ではともかく、善意の第三者との関係では、依然右二六六条の三第一項にいう「取締役」に該当すると解するのが相当である。

しかるところ、仮に中嶋がその主張どおり昭和五四年八月末日をもつて取締役兼代表取締役を辞任したとしても、本件取引は同年六月より始まつているのであるから、右辞任までは代表取締役としての責任があるのみならず、それ以後訴外会社が倒産した昭和五五年三月頃までの同会社の役員登記の状況をみるに、<証拠>によると、中嶋についてのそれは、「昭和五二年八月二九日取締役兼代表取締役に就任」の登記が同五三年六月二日になされて右五四年の八月以後にも及んだうえ、同五四年一一月一五日に至り「昭和五四年一〇月三一日取締役に重任」の登記がなされている事実は認められるが、控訴人主張の五四年八月三一日辞任についてはその登記は一切認められないうえ、むしろ逆に右述の如く同年一一月には取締役重任の登記すらなされているのである。しかるに、もと控訴人中嶋本人の原審供述によれば、同人は、その辞任の際代表取締役杉本に辞任登記の手続を依頼しただけで、じ後、これが履行されたか否かの確認や催促を一切なさず、あまつさえ前記重任の登記にも全く気づかぬまま、漫然事態を放置したことが認められ、反証は存しない。そうして、<証拠>によれば、被控訴人は右中嶋辞任の事実を全く知らなかつたことが認められるから、さきに判示したところにより、中嶋は、その辞任したという昭和五四年八月末日の後も、被控訴人に対する関係では、商法二六六条の三第一項にいう取締役の責を免れないものである。

2  しかして、右中嶋に、訴外会社の代表取締役ないし取締役としての職務執行上の悪意又は重過失が存することについては、さきに引用の原判決説示のとおりであつて、仮に同人が昭和五四年八月末日をもつて辞任していたとしても、上述のようにそれ以後も前記二六六条の三の取締役の責を負う以上、右以降においても一般的抽象的な義務として、少くとも代表取締役杉本に対する監視義務を免れるものではない。

二そうすると、中嶋は被控訴人に対し、本件保証金相当の損害金四五〇万円及びこれに対する訴外会社が倒産した昭和五五年三月四日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるところ、右中嶋が昭和五八年三月一日午前一〇時に破産宣告を受け、弁護士森茂雄が破産管財人に選任されたこと、被控訴人が債権調査期日に破産債権として金五四三万六九〇九円を届け出たところ、右破産管財人はその全額に対し異議を述べたことは当事者間に争いがないので、同管財人との関係で、右損害金四五〇万円に、これに対する右昭和五五年三月四日から右破産宣告の前日までの同割合による遅延損害金六七万三一五〇円の内金六七万二五三六円を加算した合計金五一七万二五三六円の破産債権を有することの確認を求める被控訴人の請求は、正当として認容すべきである。

三よつて、当審における訴えの変更により旧請求についての原判決は失効したことを明らかにする意味で原判決(但し主文第二項を除く。)の取消しを主文に掲記し、右変更後の請求を認容すべく、訴訟費用の負担については民訴法九六条、八九条に則り、主文のとおり判決する。

(小谷卓男 寺本栄一 笹本淳子)

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